前曲、『きらり』では『新しい日々は探さずとも常にここに』という材料から『ここは、きらりだ』という発想に至ったのか?と書いたけれど、この曲の場合は、『ここは、燃えるということだ』と、ここ、をまた別の角度から眺めている。ただ、藤井風にとってのあなたというのは、燃えよ、と単に命令をする存在なのか?と思う。すでに既存の曲を見ても分かるけれど、あなたは、私と共にいる存在で、一緒に走ってくれるような、おおらかな存在な気がする。そんな事を考えながら聴いていると、『ええよ』というフレーズが聞こえた。そうか、ええよか、と思った。単に命令するよりは、ええよ、というような存在。語感も合うし、これで曲ができるのか。