二〇二四年に公刊されたサイラーらの論考によると、退屈は情報の少なさを忌避する感情であり、どこでもよいからなんでもよいから情報のありそうなところを探す行動につながる。
一方、好奇心は自分の知識の空隙に対する反応であり、その欠けた情報を探そうとする行動につながる。
つまり、どこでもなんでもよいのではなく、自分の知識の中で欠けている部分を埋めようとするのが好奇心である。
つまり、退屈の方が、環境の影響を受けやすく、求める刺激は何でもよい。
実際に、人は退屈しているときには苦痛な刺激すら求めることもわかっている。
河島茂生『ソーシャルメディアの倫理的デザイン 未来のための再構築』
alva noto
- 自分が苦しい時間の中にいることを理解するために少し落ち着き, 心が優しく思いやりのある対応を必要としていることに気づかなければならない。 そうでなければ、 私たちの痛みは放置された状況になり、ストレスと悩みを伴った感情は増加することになる。心のリフレッシュを図ることなく外的な問題を解決することにエネルギーを費やしているため、私たちは燃え尽きたり、疲れたり、圧倒されるリスクを負うのである。P86 読書、いつもは異なる本を並行して読んでいるけど、この本は今の自分にとって、とてもとても重要なので他の本はおやすみして全集中をこの本に向けている。 『クリスティーン・ネフ - セルフ・コンパッション』
- "By This River"祭りは、泣く子も黙る坂本龍一ver.で締めておきます。 坂本龍一の演奏だと、聴き慣れた安らぎのフレーズも少し張り詰めた感じがあり、なおかつ思索に沈んでいくような重さがあります。そこに加わるalva notoの電子音が微細なリズムや軽さを生んでいるのが不思議なバランスです。
- 期待に応えることが目的となり、それが自分のやりたいことと乖離していくと、そこに大きな苦痛が生まれます。 自分のやりたいことを犠牲にして、観客の期待に応えようとしても、そこに大きな手応えを得られなかったとき、大きな「むなしさ」が訪れます。 また、勝手にやりたいことがやれたとしても、周囲の誰かが無視することが起き、そのことがもちろんむなしいと感じられることがある。 p42 北山 修 - 「むなしさ」の味わい方 より