父に「ジョン・レノンが撃たれた日を覚えているか」と尋ねたことがある。まだ二十代だった父は、その日、緊急の用事で佐賀から福岡まで車を飛ばしていた。ラジオをつけると英語の放送に周波数が合い、ジョンの曲が流れてきた。それが終わると続けてまたジョンの曲がかかる。「こいつは調子がいいぞ」と軽快な気分で九州を北上するが、その間もラジオは延々とジョンの歌を流し続けている。やがてその異様さに気づき、早口な英語に耳を傾けると、どうやら誰かが死んだらしい。局を変えると日本語でジョンの死が報じられていた。狭い車内に繰り返される「熱烈なファンによる射殺」という言葉の意味が理解できず、呆然とアクセルを踏み続けたという。