電化マイルスの先進性を突き詰め洗練させたかのような日本ジャズ史における特異点(1980年)。
複雑にレイヤードされたポリリズミックなリズムの洪水が大きなグルーヴのうねりとなって迫り来る。
これはもう、ジャズというよりもファンクでありレア・グルーヴだ。
DCPRGがカバーし話題になった「Circle / Line」と並んで好きなのがこれ。
15分という長尺で、延々と円を描くような重たいベースライン、漆黒のファンクネスが渦巻くギター、猥雑にブロウするサックス、そして呪術的な妖しさ満点のシンセサイザー。
あまりの格好良さにぶっ飛ばされるド級のファンク。
こんな音が日本で生まれたことに感動する。
Masabumi Kikuchi
- 菊地雅章の生前最後のコンサート音源。(2012年録音) 代表作"Susto"からは全く想像できない晩年の境地です。 2曲を除き即興演奏。ひたすらにスローで繊細で、ジャケのように1つ1つの音の塊を静かに水面に投じていきます。不穏な響きも含みますが、濁りとは無縁。聴き手も没入していく中で頭が澄み渡っていきます。 ラストは愛娘の名を冠した彼のオリジナル曲。親の温かい眼差しそのものな慈愛のメロディが、スワンソングとしてあまりに美しい。
- 菊地雅章の"Susto"(81年作)が最近サブスクで解禁されました。 初めて聴いた時は音の小綺麗さにいまいちハマれなかったのですが、ものすごい端正な音でこんな怪しいグルーヴミュージックを作っている事自体が異質だと思います。とはいえ風呂場で爆音で聴いたら、押し付けがましくなく気持ち良かったです。 音の良さで、当時のTalking Headsなんかを連想しましたが、理知的だが肉体的という指向は近しいのかもしれません。 マイルスの"Bitche's Brew"をロンドンのミュージシャンが"London Brew"として再構築したように、本作も現代のミュージシャンが再解釈したらすごく面白そうです。
- 菊地雅章の"Poesy"という作品(71年作)。松本市のアガタ書房で購入。ジャズの中古レコードが充実しており、思わずジャケ買い。 富樫雅彦(ドラム)と共演したフリージャズ作品だが、思索と交感により表現を深めていくような演奏。この曲のようにテーマがとても美しい曲もある。デュオ形式ゆえの余白の広さがより活かされている(曲によってはGary Peacockをベースに加えたトリオ形式で、その寄り添い方も素晴らしい)。こういう押し付けがましくないフリー作品はとても好みなんですが、けっこうあるのだろうか。 同じ店で購入した山本邦山(尺八)と菊地雅章の"銀界"(spotifyなし)も素晴らしい作品だった。