
#花束みたいな恋をした やっと見れた!見た後、あの二人はあれでよかったのだろうか、という思考がぐるぐる巡っていたけど、一日経って大豆田とわ子の小鳥遊さんの「時間って、別に過ぎていくものじゃなくて、場所っていうか、別のところにあるもんだと思います」「人間は現在だけを生きてるんじゃない。5歳、10歳、20歳、30、40?その時その時を人は懸命に生きていて。それは別に、過ぎ去ってしまったものなんかじゃなくて。あなたが笑っている彼女を見たことがあるんなら、彼女は今も笑っていて。5歳のあなたと5歳の彼女は今も手をつないでいて」この話を思い出して「花束みたいな」の意味がわかった気がしてじわ〜っとなった。 有村架純と菅田将暉良かったなぁ。
予告とか話もあんまり調べずに、恋人と見に行ったら、きぬちゃんに共感できすぎてしまい、謎の感情移入で、わたしだけ勝手にで気まずくなってしまった。でも、面白かったし、教科書みたいだったので言い合いが減るといいな。
あれ見て、恋愛したくなるのだろうか、リアルだったので考えてしまうことの方が多い気がした。
#花束みたいな恋をした 秀逸な固有名詞のチョイスで、10年代の東京近郊の若者文化を正確に切り取っていた。共通の興味対象を持つことで惹かれ合う二人だが、本物のCulture Holicではなく“文化的なものが好きなワタシが好き”でしかなかった男女。ゆえにその弱い接着点は徐々に剥がれていく。
同性同士の友情の中で、似た経験の覚えがある。同じように大切していると思っていたものが変わっていって、そこに情熱の翳りが見えたときの、あのゾッとする感触。 #花束みたいな恋をした は、そんな20代の間に経験する精神的変化や、それに伴う関係性の歪みを描いた作品だった。たくさんの人とこの映画の話をしたいから、みんな観てくれ〜!