どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並みや通りを詳しく知るようになっても、彼は常に迷子になった様な思いに囚われた。街の中で迷子になったというだけでなく、自分の中でも迷子になった様な思いがしたのである。散歩に行くたび、あたかも自分自身を置いて行く様な気分になった。街路の動きに身を委ね、自分を一個の眼に還元することで、考えることの義務から解放された。それが彼にある種の不安をもたらし、好ましい空虚を内面に作り上げた。世界は彼の外に、周りに、前にあり、世界が変化し続けるその速度は、ひとつのことに長く心をとどまらせるのを不可能にした。
R.I.P. ポール・オースター