ネットワーク上で見ず知らずの相手とやりとりする場合、相手の面目を保たねばならないという意識はどうしても低くなります。
相手を完膚なきまでに叩きのめすと、ギャラリーのひんしゅくを買うどころか、称賛されることも少なくありません。
文字によるコミュニケーションは、それぞれが何を書いたのかが目にみえるかそれぞれの主張を支える論理もより明確になりがちです。
口頭では、「なあなあ」で済ませられるかもしれない意見の食い違いが、文字だけのコミュニケーションではそれぞれの論理が可視的に、より明確に浮かび上がるために、落としどころがどこにも見出せなくなってしまうのです。
ネットはなぜいつも揉めているのか より
MACKA-CHIN
- 最近見つけたが実は2014年の曲らしく、言われてみればリリックに少し懐かしさを覚えるような言葉が散りばめられている。題名にもあるように25時に聴くのが1番チルでありエモでありノスタルジックだとおもう。 とちゅうピーチジョンというワードが印象に残る。遊び人のうたということもあるのだろうが、ワコールよりも若い層をターゲットとしているピーチジョンにフォーカスしているところに感動した。わたしはもう少しお姉さんが好きです。